電気通信大学電気通信学部物理工学科固体物理学教室を卒業後、西新宿に当時在った日本メンズアパレルアカデミーにて紳士服の裁断・裁縫技術の基本を学びました。桐生の工房にて職人として3年間修行。渡英前の1983年、洋装社主催の最後の裁断コンクール「木村慶市賞」に入選。日本式スーツの一通りを習得しました。
よい服は新旧にかかわらず自信と安心を与えつづけ、周囲には嫌味を与えません。着心地からみると、仕立てそのものの影響は絶対的ですが副資材の影響も見逃せません。毛芯には接着芯のように有機溶剤を含むことはありませんので汗や体温で接着芯の有機溶剤が変化して発生する物質を着用者が吸い込んでしまうような心配はありません。毛芯はなにしろ通気性が非常に良いです。また、裏地は直接人体に触れるわけですからしっとりとしたすべりの良い超高級資材を使用します。
ボタンはイタリー製を中心に用意し、厳密なマッチングをとっています。オーダーのよくできた服は「軽い」とお客様から印象を表現されますが、服の仮想重心を肩線上の特別なポイントに設定し、立体的な縫製と適切なゆとり量は服の重量を体全体に分散するからです。
世界のファッションの中心が、ロンドン、パリ、ミラノであることは異論のないところですが、こと紳士服、さらに背広に関して言えば、英国にその源流を見出すことができます。
19世紀の英国市民社会で、発見された背広という形式は、数々の亜流を生みながら、世界中に広まりました。衣類は、材料と加工技術と流通から成り立っています。この三者の総合が衣類です。 19世紀英国には、数百年にわたる羊毛製品の歴史があり、産業革命を経た市民社会の成立という条件があったわけです。 アメリカは、羊毛製品の歴史は、長くはありませんから市民社会が成立してもジーンズの発祥地ですし、イタリアもフランスも同様です。特に北イタリアは、古くから再生原毛の世界的集積地ですが、市民社会の成立が英国に送れたため英国の後塵を拝することになりました。制服について目を向ければ、言うまでもなく大英帝国軍隊と、パブリックスクールを研究すれば、真髄が理解されます。
英国、250のパブリック・スクールの頂点と言える「The Great 9」。エリート中のエリートを世界から呼び寄せる魅力の一端を担っているのが「制服」。単なる見映えの良さだけではなく、生地、縫製、仕立てといった服飾技術の粋を結集させ、各校の名に恥じぬ秀逸なスーツを磨き上げています。
学生たちは制服に袖を通す事が誇りであり、学校側もまた、生徒たちが思いを馳せる制服であり続ける事に妥協なき努力を重ねています。
この競い合いこそが世界をリードする英国スーツ文化の原動力であり、追随を許さぬ品質の高さに繋っていると考えられます。おのずと、これらエリート校の制服に学べば、スーツとしての機能、手触り、着心地、耐久性がどのようにもたらされるのかが見えてきます。
紳士服の聖地は、ロンドンセビルロー(Savile Row)です。ここには、英王室御用達のテーラーをはじめ第一級のテーラーが、軒を連ねています。ハンツマン、ギルガーフレンチアンドスタンバリー、ハーディエイミス、ノーマン、ギーブスアンドホークス、トミーナター…。約30件しかも本格的純オーダー店です。
最高のテーラーを志す僕としては、高度に完成された背広の研究と、人的交流を目的に渡英しました。労働許可の関係から、留学生として学校に属しました。84年の9月新学期より英国立カレッジオブファッションのPattern Cutting-Bespoke Garments (Men’s), Level 1〜3 Oxford Circle Building というコース(TAILORING COURSE)で、ノーマン教授(Profes.Norman)のご指導のもと、背広の裁断・製造について研究しました。
同時期「CENTRAL SCHOOL OF FASION」、こちらは、ドイツ出身のウィンガー先生(I.E.Wringley)の主催するデザイナー養成学校ですが、"TAILOR AND CUTTER ACADEMY" の流れをくむデザインを勉強しました。
英国の秋冬は暗くなるのが早く、初夏は午後9時過ぎまで明るく、四季はとても豊かです。特にロンドンは、冬は平均気温が東京よりも数度低いものの湿度は十分にあります。夏は平均気温は数度低く湿度は低い。ですから一年を通じてスーツが着用できますし、ラウンジジャケットという独自の上衣も必需品です。また、コートは、レイン、スプリング、オーバーといった定番から、チェスター、チェビオット、ダッフル、ナーバル、トレンチなどです。
ノーマン先生のもとで英国式裁断を研究していく中で、日本式裁断との比較により、その特徴がはっきりしました。
T.英国式は8等身基準。日本式は6等身基準。これは、英国式は衣類としての美的調和を裁断面から追求し、機能を補正・裁縫面から完成しようというものに対して、日本式は、裁断時に既に機能面の追及を前提としているという点。
U.裁断の変数の取り方(たとえばSCYE BOX寸法)が、英国式は、身長総丈・B寸の2変数を含むのに対して、日本式はB寸の1変数で処理されています。
これは、英国式が、よりシルエットを重視していることを示しています。ノーマン先生伝授の裁断図の一部をご紹介致します。(右図)おそらく日本では初めての公開だと思います。